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この世界の片隅に [映画館に行こう]

290309.jpg【鑑賞日】 2017年3月9日
【映画館】 アポロシネマ8
【キャッチ・コピー】
昭和20年、広島・呉。わたしは ここで 生きている。
【映画全体の印象】 (^_^)
【感想】
友人が良い感想を述べていたのでチャンスがあればと機会を伺っておりましたが、なんとか終了間際に鑑賞。

昭和20年頃の広島や呉が舞台なら、戦争が暗い影を落とす重苦しい映画になりそうなものですが、「はだしのゲン」や「火垂る墓」のように、目を覆いたくなる原爆の惨状や胸を締めつけられるような戦争の悲劇を前面に押し出したような映画とは少し趣きが違いました。

もちろん戦争の残酷な部分も描かれてありますし、貧しさや身売りなどに見られる時代の荒んだ部分も描かれてあり決して安穏したものではないのですが、そこは柔らかいタッチの絵と温か味のある人物描写により、観る側に緊張感を強いることなく、こちらはあまり身構えなくてもよかった点が新鮮でした。
そして、主人公ののほほんとした人柄を通しても、その時代を生きた彼女の“リアル”が生き生きと伝わってきてなにか心打たれるものがありましたね。

私も漠然としか戦争を捉えられない者の一人ですが、私のようなごくありふれた日常を送っていたその時代の一人一人に、それぞれの戦争があったのだと感じられる映画だったと思います。鑑賞できてよかったです。

タグ:2017年映画
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そろそろ手袋を着けない時も増えてきて [写真と俳句と]

道端の 主(あるじ)待ちたる 手套(しゅとう)かな

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タグ:冬の句
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生まれ育った町を歩いて(西の地区) [この町の景色]

よくある同じような造りの味気のない駅舎になってしまった故郷の駅。
その西口を出ると、どこか知らない町に来たみたいで、テレビを見ながら丼をかき込んだ大衆食堂も、新装開店で並んだパチンコ屋もなく、なんだか町が閑散としています。

生家に向かう線路沿いの道には、昔の「ニチイ」の建物がまだ残っていましたが、なんだか廃墟に近い状態。
かつてこの建物の1階は「柏原デパート」と呼ばれた小売店の集まる市場で、隣接する「柏原センター」と共にいつもお客さんで賑わい、市場を歩けば顔見知りの人も多く、同級生の親が営むお店もたくさんあった。
昨年末、ご両親がここで惣菜屋を営んでいた友人から、彼のお母さんの永眠を知らせる喪中ハガキが届く。愛想よくお店を切り盛りしていた姿が今も目に浮かびます。

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しばらく行くと、店名や店の人は違いますが、初めてアルバイトをした理容店がまだその場所に。
喫茶、中華料理、ヤマザキパンなどのお店が連なっていたのですが、もうこの理容店だけ。
当時、私はお客さんにケープを巻いたり、床の髪の毛を掃いたり、タオルを洗濯して蒸し器に補充したりするだけの仕事でしたが、よく顔見知りの人や同級生などが散髪に来て、恥ずかしいような誇らしいような気持ちで楽しく接客していたことを思い出します。
あと、昼食の仕出し弁当を運んで来たのも、同級生でしたね。

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そして、生家周辺。
昔から残っている建物は、貝を繰り抜き綺麗なボタンを作っていた小さな工房だけ。

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ほぼ同じアングルで昔の写真が残っていました。昭和40年前後でしょうか。まだ煙突のあるボタン工房も写っています。
人が集まっているのは、おそらくポン菓子の行商です。
バンッ!という音を聞いて、家からタライを持ってでてきた近所のお母さんや、物欲しそうに眺める子供たちの姿があります。

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生家のあった場所には誰かの新しいお家。軒を連ねる家々もみな新しい。
幼馴なじみや母のお友達などが暮らしていた粗末なアパートも、勉強していると屋根裏にネズミが走ることから“チュー太郎塾”と呼ばれていた学習塾ももうありません。
老夫婦がたばこや食料品などを販売していた商店の空き家と、今では知らない人が暮らす竹馬の友のお家がひっそりとあるだけです。
その家の彼とは、物心ついた時分から大人になるまでずっと遊んでいましたが、もうずいぶんと会っていません。私の不義理が疎遠の原因でしょう。申し訳ない……

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また、よく遊んだ神社もありましたが、あの頃よりもずいぶんと廃れた様子。
確か中学2年生の時、クラスの友人と初めて喫煙したのはこの神社の古井戸の向こうの茂み。
学業優秀で学級委員も務める彼からの誘いに少し驚きもしましたが、あとで思えば、彼の家庭環境にあっては彼なりの苛立ちとか鬱屈したものがあったのかもしれません。
時々日が暮れても家に帰ろうとしない彼と、二人して塀にもたれタバコをぷかぷかと吹かしていたことも今では懐かしい思い出です。
後年、風の噂でその彼が小学校の教諭になったと聞きました。
なんとなくですが、彼はいい先生になったのではないかと思っています。

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神社の近くには重要文化財の「三田家住宅」があります。
三田家は江戸時代、干鰯、油粕などの肥料や河内木綿を扱い財を成した商家です。裏を流れる了意川を利用し荷を運搬していました。
私が子供の頃はその末裔の方々が住んでいて同学年の女の子もいましたが、今も住んでおられるのかどうかはわかりません。
なお、柏原郵便局でもらった風景印にはここ三田家の屋敷が描かれてあります。

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国道25号線の方に行くと、ハンバーグランチが美味しくてよく出前してもらったグリルがあったのですが今は跡形もなく、決まって焼肉定食を出前してもらっていた中華料理の店もそれだとわかる朽ちた建物があるだけです。
その昔、母が勤めていたらしいお茶屋さんはまだ営業しているようです。お使いのお駄賃欲しさによくここのお茶を買いに来ました。

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そして散策を終えようとした時、急に便意をもよおし、それならとかつて父や友人らと通った馴染みの銭湯へ入る。
脱衣場も浴場もすっかり様変わりし、揺するとすぐにチルトを起こすピンボールや、小銭を入れてハンドルを回すと受けた手にピーナッツ菓子がころがり出てくるもの(ピーナッツベンダーというのでしょうか)などはありませんでしたが、風呂上りに冷蔵ケースから懐かしのフルーツ牛乳を取り出し、昔の銭湯の様子を思い出しながらちびちびといただきました。

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最後に、マンホールと駅でもらったスタンプにはぶどうの絵。
柏原、堅下は昔からぶどうが有名でした。季節になるとあっちこっちで露店が出ていましたが、今はどうなんでしょう。
もう何年も口にしていませんが、久しぶりに新聞紙を広げて、ぺっぺっと皮を飛ばしながら食べてみたくなりました。

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生まれ育った町を歩いて(東の地区) [この町の景色]

昨年末、34歳の夏まで住んでいた町を数年ぶりに歩いた。
町はずいぶん様変わりしていたが、記憶にあることを少しだけ書きとめておこうと思う。


生家と駅を結ぶ線路沿い道、途中、踏み切りを渡ると商店街。
入り口にはレコード屋さん。
白髪まじりの小柄なおじさんが経営されていて、後に息子さんに代わった。
店は二人の人柄が表れたような整然とした綺麗な店内で、二人とも物静かな感じの人でした。

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当時はテープもレコードも高価だったので両親に買ってもらったのかもしれないが、ここではじめて買ったテープは中島みゆきの「臨月」か松山千春の「起承転結Ⅱ」のどちらかだったと思う。
レコードは中学生の頃に買った、Band Aidの「Do They Know It's Christmas?」か。
先日亡くなったデヴィッド・ボウイやジョージ・マイケルも参加していたチャリティー企画ものだ。

しばらく歩くと、商店街が一旦途切れて川が流れています。

その橋のそばには眼科の診療所。
医師は、頬肉の垂れた顔に黒縁のメガネをかけた破顔が優しげなお婆ちゃん先生で、看護婦さんは大きなお口に真っ赤な口紅を塗った愛想の良いおばちゃん。可愛がってもらいました。

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橋を渡り商店街を進むと、仏花を買っていたお花屋さん、葬儀屋も兼業していて父母の葬儀もここにたのんだ。

今はありませんが、その先には友人の彼女がアルバイトしていたお持ち帰り専門のお寿司のチェーン店があり、その向かいにはパン屋と惣菜屋が一体となったお店があった。こんもり盛られた鶏カラ弁当がおいしかった。

さらに進むと、年の瀬などの忙しい時期に同級生何人かがアルバイトをしていたスーパーがあり、その隣が子供ながらによくわからないアレルギーとかで通わされていた耳鼻科の診療所。不可思議なガラスの器具を鼻に突っ込み治療していた。

また、商店街から少しのところには中学校と中学校のグランド。
土曜日は半ドンだったので、クラブ活動をしていた者はお昼ごはんをこの商店街によく買いに行った。

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道路を挟んだ向こうの商店街には、高校受験の際に腕時計を買ってもらった時計屋さん、
中学で陸上部に入り、同級生の部員仲間とスパイクなどを買いに行ったスポーツ用品店、
立ち読みと万引きに目を光らせいた本屋兼文房具屋さんがあった。

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商店街を抜けたところには私鉄の駅。
計ったように仕事から定時で帰宅する父をよく迎えにいった。
ある時、仕事帰りの父におもちゃをねだり商店街で買ってもらったが(ゲームウォッチだった)、母が理由もなく買ってきたことに激怒し、父はすぐさま返品に行き、ぬか喜びの私は大いに拗ねたという悲しい記憶もある。

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商店街から少し離れた川沿いのプラモデル屋さんへは、ガンプラ目当てに足繁く通い、その近くの開業間もなかった理髪店では、高校生の時初めてパーマをあてた。友人からはヘンテコなパーマと揶揄されたがそれはお店のせいではない。
その理髪店は今も営業していて、ずいぶんとおじさんになった店主が髪を切っていた。確か綺麗な奥様もいたがお元気だろうか。

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そして、週刊マンガを読むために通っていた喫茶店でお昼ごはんを食べる。
マスターは頭髪のほとんどが白くなり、顔のシワも増えてずいぶん年老いたという印象。
そういう自分もすっかりおじさんなのだから当然だ。
でも、お決まりのビーフドリアの味はあの頃のまま。
もうマンガは読まなくなったが、思い出の一品をいただき懐かしい気持ちになりました。


次は住まいのあった西の地区のことを。

タグ:大阪
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私が世界の平和を守っていた頃・・・ [写真と俳句と]

ショッカーを 倒し疲れて 炬燵の子

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2016年大晦日 年越しそばを食べる [お蕎麦見聞録]

12月31日、友人と恒例の昼食は久しぶりに「蕎麦切り 大城」へ。
4年ぶりか……年月の速さにとまどいます。

着くとお店の外にまで行列が。以前より繁盛している様子。

中は今も落ち着いた和モダンなしつらえ、大人の空間って感じ。大谷石もいい。
お庭と大きな窓から差す陽光が気持ち良くて、ゆっくりと長居したくなる。

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注文はお品書きのすだちの文字にそそられ、すだちそば(1,100円)を。
年越しだし海老も外せないと思い天むす(1個200円)も。
七味は黒七味で原了郭だ。

二人して「出汁がおいしい」と声を揃える。
すだちの酸味のせいか、よりまろやかに感じ、最後の一滴まで飲み干した。
器もおもしろい。


夜は歌合戦を見ながら、またもやお蕎麦。
スーパーで300円ほどのものですが、これはこれで満足感がある。

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お蕎麦もいろいろありますが、時と場所にあったものならどれもおいしいです。

タグ:そば
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spice32 神戸発旨辛カレー NAMBAなんなん店 [カレーライス探訪]

一昨日は、夕食のあと『千と千尋の神隠し』を見ながらおやつのカールを一袋平らげ。
その日の昼食のあとも、おやつにマクドナルドでポテト(L)とコーラを飲食した。
就寝前、食生活が乱れとる……と反省。


で、昼食というのが出先で食べたカレー。
先日、十日戎の日に行った焼き鳥屋さんの隣のお店。

看板メニューらしいスパイシーカレー(900円)を注文。大辛とある。

やはり相当辛い。
けれど辛さの向こうに、フルーティーな甘みや何かを煮込んだような味わいもあっておいしかった。完食。

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辛さって難しい。
客層によって好みの傾向が違うし、甘いとクセにならないし、きっとその度合いがお店の生命線なんだろう。
辛いカレー屋さんに行くと、その絶妙なラインにいつも感心させられます。

にしても、ここは結構辛かった。食後もしばらく口の中がヒリヒリしていた。
きっとこれがマックフライポテトにつながってしまったんだな。
食欲も増進のカレーでした。

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君の名は。 [映画館に行こう]

29011001.jpg【鑑賞日】 2017年1月10日
【映画館】 TOHOシネマズなんば
【キャッチ・コピー】
まだ会ったことのない君を、探している
【映画全体の印象】 (・_・)
【感想】
友人二人と十日戎に行く前に見た。
五十六十のおじさんおばさんでアニメ鑑賞ですが、社会現象にもなっているような映画だしこれしかないだろうと。

感想を簡単に言えば、お話は練られてあるし、展開の緩急もあるし、噂に聞く絵は綺麗だったし、音楽も効果的に使われてあってとてもよくできた映画だと思います。若者を中心にウケる理由もなんとなくわかりました。

ただ、どっぷりのおじさんとしては(出店の客引きに「お父さん!」と呼ばれる年代としては)、自分の中の“ときめきセンサー”みたいなものが経年劣化してしまっているので、テレビなんかに映っていた人たちのように熱狂するくらい楽しめたかといえば、やはり“そこそこ”という感じでしょうか。

それでも、このあと焼き鳥屋で一杯飲んだときのいい酒の肴にはなりました。
我々なりに、料金分は映画をしゃぶりつくしたと思います。

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えべっさんのいい余興になりましたね。

タグ:2017年映画
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平成29年の今宮戎神社十日戎にて [写真と俳句と]

宝恵籠や 女将給仕も 店先へ
焼き鳥の 串がずらりと 初戎

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平成29年新春 一心寺お参りとふく料理 [日常のひとコマ]

従姉からのお誘いがあり、7日、一心寺と四天王寺をお参り。これが初詣。

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お参りのあと、夕食へ。
できれば安い定食があるようなところがいいのですが、そういう訳にもいかないみたいで、あべのハルカスの「下関 春帆楼」へ。

……ここ知ってます。
伊藤博文が屋号の名付け親で、ふく料理屋の公認1号店。
日清戦争の講和条約の会場になったことでも有名なお店の支店。

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どれも文句の付けようのない上品なお味。
河豚料理のこの淡白な旨みが人気なんですね。
自分の範疇にないお食事でしたが、大変おいしゅうございました。

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で、なにが一番美味しかったか。
振舞った方は気を悪くされるかもしれませんが、それは雑炊。
ふぐちりのあとの雑炊と香の物って最高です。

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従姉は、未婚で子供もなく、一人暮らしの年金生活者です。
定年を迎えるまで、女性の会社務めはいろいろ苦労も多かったようですが、今はスポーツジムで汗を流し、趣味やお稽古ごとに勤しみ、時々贅沢なご飯を食べたり、旅行に行ったりと悠々自適に過ごされています。

そんな従姉が、「今が一番幸せ!今の生活を一年でも長く続けたい」と。

幸せを噛み締めるように、実感を込めてこのように言われたことがとても印象に残りました。
羨ましいかぎりですが、そんな日の為に身を粉にして働いてきたのだから、存分に人生を謳歌してもらいたいと思います。

そして、毎度毎度ごちそうしていただき感謝でございます。

タグ:大阪
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