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生まれ育った町を歩いて(西の地区) [おらが町の景色]

よくある同じような造りの味気のない駅舎になってしまった故郷の駅。
その西口を出ると、どこか知らない町に来たみたいで、テレビを見ながら丼をかき込んだ大衆食堂も、新装開店で並んだパチンコ屋もなく、なんだか町が閑散としています。

生家に向かう線路沿いの道には、昔の「ニチイ」の建物がまだ残っていましたが、なんだか廃墟に近い状態。
かつてこの建物の1階は「柏原デパート」と呼ばれた小売店の集まる市場で、隣接する「柏原センター」と共にいつもお客さんで賑わい、市場を歩けば顔見知りの人も多く、同級生の親が営むお店もたくさんあった。
昨年末、ご両親がここで惣菜屋を営んでいた友人から、彼のお母さんの永眠を知らせる喪中ハガキが届く。愛想よくお店を切り盛りしていた姿が今も目に浮かびます。

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しばらく行くと、店名や店の人は違いますが、初めてアルバイトをした理容店がまだその場所に。
喫茶、中華料理、ヤマザキパンなどのお店が連なっていたのですが、もうこの理容店だけ。
当時、私はお客さんにケープを巻いたり、床の髪の毛を掃いたり、タオルを洗濯して蒸し器に補充したりするだけの仕事でしたが、よく顔見知りの人や同級生などが散髪に来て、恥ずかしいような誇らしいような気持ちで楽しく接客していたことを思い出します。
あと、昼食の仕出し弁当を運んで来たのも、同級生でしたね。

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そして、生家周辺。
昔から残っている建物は、貝を繰り抜き綺麗なボタンを作っていた小さな工房だけ。

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ほぼ同じアングルで昔の写真が残っていました。昭和40年前後でしょうか。まだ煙突のあるボタン工房も写っています。
人が集まっているのは、おそらくポン菓子の行商です。
バンッ!という音を聞いて、家からタライを持ってでてきた近所のお母さんや、物欲しそうに眺める子供たちの姿があります。

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生家のあった場所には誰かの新しいお家。軒を連ねる家々もみな新しい。
幼馴なじみや母のお友達などが暮らしていた粗末なアパートも、勉強していると屋根裏にネズミが走ることから“チュー太郎塾”と呼ばれていた学習塾ももうありません。
老夫婦がたばこや食料品などを販売していた商店の空き家と、今では知らない人が暮らす竹馬の友のお家がひっそりとあるだけです。
その家の彼とは、物心ついた時分から大人になるまでずっと遊んでいましたが、もうずいぶんと会っていません。私の不義理が疎遠の原因でしょう。申し訳ない……

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また、よく遊んだ神社もありましたが、あの頃よりもずいぶんと廃れた様子。
確か中学2年生の時、クラスの友人と初めて喫煙したのはこの神社の古井戸の向こうの茂み。
学業優秀で学級委員も務める彼からの誘いに少し驚きもしましたが、あとで思えば、彼の家庭環境にあっては彼なりの苛立ちとか鬱屈したものがあったのかもしれません。
時々日が暮れても家に帰ろうとしない彼と、二人して塀にもたれタバコをぷかぷかと吹かしていたことも今では懐かしい思い出です。
後年、風の噂でその彼が小学校の教諭になったと聞きました。
なんとなくですが、彼はいい先生になったのではないかと思います。

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神社の近くには重要文化財の「三田家住宅」があります。
三田家は江戸時代、干鰯、油粕などの肥料や河内木綿を扱い財を成した商家です。裏を流れる了意川を利用し荷を運搬していました。
私が子供の頃はその末裔の方々が住んでいて同学年の女の子もいましたが、今も住んでおられるのかどうかはわかりません。
なお、柏原郵便局でもらった風景印にはここ三田家の屋敷が描かれてあります。

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国道25号線の方に行くと、ハンバーグランチが美味しくてよく出前してもらったグリルがあったのですが今は跡形もなく、決まって焼肉定食を出前してもらっていた中華料理の店もそれだとわかる朽ちた建物があるだけです。
その昔、母が勤めていたらしいお茶屋さんはまだ営業しているようです。お使いのお駄賃欲しさによくここのお茶を買いに来ました。

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そして散策を終えようとした時、急に便意をもよおし、それならとかつて父や友人らと通った馴染みの銭湯へ入る。
脱衣場も浴場もすっかり様変わりし、揺するとすぐにチルトを起こすピンボールや、小銭を入れてハンドルを回すと受けた手にピーナッツ菓子がころがり出てくるもの(ピーナッツベンダーというのでしょうか)などはありませんでしたが、風呂上りに冷蔵ケースから懐かしのフルーツ牛乳を取り出し、昔の銭湯の様子を思い出しながらちびちびといただきました。

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最後に、マンホールと駅でもらったスタンプにはぶどうの絵。
柏原、堅下は昔からぶどうが有名でした。季節になるとあっちこっちで露店が出ていましたが、今はどうなんでしょう。
もう何年も口にしていませんが、久しぶりに新聞紙を広げて、ぺっぺっと皮を飛ばしながら食べてみたくなりました。

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